2014年04月29日

佐村河内守さんの指示書を元に曲を作ってみる

ゴーストライター問題で今世間が騒がしいですけど、
話題になっている指示書が個人的に面白かったのでw

内容を適当に解釈しつつ実際に曲を作ってみます。

tes.jpg

ちなみに指示書の内容は↑こんな感じ。


・全般

指示書の中からポイントを適当に抜き出してみます。

>(無調−ニ短調)不協和音と機能調性の音楽的調和
>西洋音楽の起源であるグレゴリオ聖歌の単旋律法から、
 調性確立前の中世ポリフォニックを経て、
 さらに調整確立直後のバッハまでの宗教音楽の技法の全てを、
 作曲家独自の現代語法により同化統合させ生まれた真の宗教現代音楽
>(更に高い完成度の為ならば、破りえぬ規則は一つもない)

調性は無調&ニ短調と指定されています。

指示書では無調を説明する単語として"不協和音""ペンデレツキ"とある。
ペンデレツキは音響系の効果音的な和音を多用する現代音楽家だそうです。

また終盤になるほど協和度が高くなる指示があると言うことは、
この曲では不協和ではなく協和を理想としていることは明白。

つまりこの曲の調性はあくまでニ短調でいいんだけど、
調性のない不協和音(トーンクラスター等)のような
ニ短調ではない無調の和音を効果的に使えと言うこと。

また、ニ短調についてはグレゴリオ〜バッハまでと指示があります。

バッハまでだと機能調性が完全には成立していない時代なので、
和音進行等はかなり好き勝手にやっても問題はないかと思われる。

以上のことをまとめると↓こんな感じになるかな。

ニ短調を中心として対位法で自由に作曲する
機能調性時代の規則を守る必要は全くない
中世には無かった不協和音を使っても良い


>上昇してゆく音楽(紆余曲折なドラマはありつつも)
>3管編成で書く(時間として74分)
>受難・混沌・祈り・啓示の4つの主題で展開される特殊なソナタ形式
>終曲部の天昇コラールで4つの主題の融合

調性以外の指示はこんな感じです。

3管編成で74分、上昇していく音楽にする。

主題は4つあってソナタ形式にするらしい。

A/B'/C'/D'→A/B/C/Dではなく
A+B/C'+D'→A+B/C+Dだと思われる。

前者だと4つの主題の融合とは呼べないでしょう。
と言うことで次は4つの主題について考えてみます。


・祈り部

>協和5対不協和5 → 協和9不協和1
>中世ポリフォニック調性確立前
>中世ポリ技法を独自の現代語法と融合させ中世宗教的無限旋律を確立
>それと解かる特徴的な教会フレーズは独自の現代的語法に変化させ使用
>祈り部・啓示部は神聖さを決して失わない(不協和使用箇所頻度注意)

ポリフォニック時代を含めるのか含めないのかはっきりしてほしいw

まあモノフォニックだけなら協和度も糞もないと思われるので、
パレストリーナ時代くらいまでを含めてしまっても良いはず。

グレゴリオ聖歌で特徴的な二重導音や完全5度和音を
現代的な和音でアレンジすれば良いんじゃないかな。

Dドリアンで作曲しちゃっても面白そうです。


・啓示部

>協和7対不協和3 → 協和10不協和0
>バロック時代調性確立直後

啓示部は指示が少ない。普通にバッハ時代のクラシックを作ればOK。

とは言え楽式を見ると分かるとおりラストを飾るのは啓示部だし、
宗教音楽なんだから当然一番大事な主題は啓示部になるはずです。

一番しっかりと作るべき主題。


・受難部

>協和3対不協和7
>受難や怒りを表す宗教的アレグロ
>受難部の不協和使用はペンデレツキより2回り増強し凶暴性と神秘性を

宗教的アレグロってのが何なのかよく分からんけど、
まあ土台はバッハ時代を前提に作れと言うことかな。

そこに不協和音を3対7になるくらい大量にぶちこめと。


・混沌部

>協和2対不協和8
>特にあてはまる例なし
>独自の考えに基づき中世の宗教的混沌を表現(唯一の不協和優位)
>前例のないほどの宗教性(中世の)を前面に出す為、常に上記の技法を中心に独自法を編む。

こちらは受難部とは逆で現代音楽を作れと言うこと。

受難部が協和3不協和7なのに混沌部が唯一の不協和優位と言うのは、
別に間違えたわけではなくw受難部は確かに不協和の方を強くするけど
あくまでメインはバッハ時代のクラシックにすると言うことでしょう。

混沌部は完全フリーで自由に宗教的混沌を表現していい。

前例のないほどの宗教性(中世の)と言う表現もよく分からんけど…。
中世の、って補足説明を付けた時点で前例はあるんじゃないかw


・実践(第一楽章)

第一楽章【救済の祈り】


楽式はC−A−B−A−B−A−C−D−B−A−B。
楽式で書くよりは画像で見たほうが分かりやすいかも。

交響曲全74分の内20分はこの第一楽章になりますけど、
そんな超大作を作っている暇はないので2分にしましたw

祈り部はまあ適当にグレゴリオ聖歌っぽいフレーズを作って、
それを段々とポリフォニックにすることで協和度upとしてます。

啓示部は自分の好きなように作ったw

受難部は半音階的和声や半音音階を取り入れてみました。

いや指示書ではこの時代の音楽技法はスルーされてたけど、
混沌部と対比させるならこっちの方が分かりやすいと思って。

混沌部はとりあえずクラシックで前例がなさそうなものを探して、
何を血迷ったかシンセのループフレーズを投入してみることにw

前半から偽クラシックっぽいけど後半で完全に偽クラシックになった。


・実践(第二楽章)

第二楽章【魔の囁き】


第二楽章の楽式は第一や第三と違ってかなりトリッキーです。
指示書どおりに曲を作ろうとしたら間違いなくここが最難間。

基本的には混沌→祈り→啓示→受難を延々と繰り返すんですけど、
受難が段々と弱まっていき最終的に消えてしまうのが難しい点です。

指示書をどう読み解くかで解釈が2パターンに分かれる。

まず、啓示をサビとしてAメロ→Bメロ→サビ→間奏とする解釈。
この場合間奏の音量が段々下がっていき最後は間奏が消えサビで締め。

これならラストは格好良く締まるんじゃないかと思いますけど、
序盤はサビが目立たず間奏だけが目立つ曲になってしまいます。

序盤で間奏をサビだと思われてしまうと楽式が完全に崩壊する。

また、Aメロ→Bメロ→Cメロ→サビと受難をサビ化する解釈もある。
この場合序盤は自然に聴こえますけど最後にサビが消失する欠点がある。

どちらの解釈を取って欠点をどう解消していくか。


私は後者の立場を取りつつ最後のサビを啓示化させることで
サビの音量が下がり消失してしまう欠点を誤魔化してみました。

パート間のリズムパターンを意図的に特徴あるものにしておいて、
最後に受難のリズムで啓示部をやることで調性的には啓示なのに
あたかも受難のサビで最後が締まっているかのような印象を持たせる。

と言う試みだったんだけど上手くいったかどうかは謎ですw

楽曲の長さは第一楽章同様10分の1の3分間にしました。
正直なところ10分の1にしてもまだまだ長くて面倒くさい。

一応第三楽章まで作る予定だけど3連続オーケストラはきついのと、
指示書の内容的にも一度ハープシコードは使っておきたかったので
第二楽章はハープシコード&バイオリン&サックスの三重奏にしました。

全体的にジャズ風味なのでサックスにした時が一番落ち着いた。

サックスの是非はさておきハープシコード+楽器1〜2個の構造は
バッハ時代の対位法ではお約束だから指示書的にも問題はないだろう。


第三楽章【天昇賛歌】


第三楽章は楽式的には超単純です。

前半は受難→祈りを何回も繰り返すだけで、
間奏の混沌を挟んで後半は祈り→啓示の繰り返し。

楽曲の構造を深く考えなくても作曲できるから楽ですけど、
逆に楽曲の構造が単調だから普通にやると面白みがない。

特に祈りが楽曲の半分を占めてるのが厄介だと思います。

最初から最後まで祈りと何かの繰り返しになるわけだから、
祈りの主題については繰り返しに耐えられるものにしたい。

そして最後に控えるのがついに出た天昇コラール。

4つの主題とは祈り・啓示・受難・混沌のことでしょう。
最後にこの4つを全て複合させて、かつ"協和"させる。

指示書を見るとわかるとおり受難や混沌を演奏しつつも、
全楽曲中一番の協和度をラストに持っていくことになる。

受難や混沌が鳴ってるのに協和とはなんぞや。
これの答えを出すのが第三楽章になるでしょう。


と言うことで実践。今回も曲の長さは10分の1です。

流石に今回は2分24秒でまとめるのは難しかったので、
前半と後半の繰り返しを1回減らすことにしました。

個人的には減らさない方が綺麗にまとまったと思うんだけど…。

天昇コラールは本来は第三楽章の4主題でやるものだろうけど、
私は他の楽章の主題も借りてきて全部ぶち込むことにしました。

ちょっと混ぜすぎた感もある。まあこれはこれでいいか。

いい加減この指示書の展開にも飽きてきてしまってw
最後が適当な作りになってしまったのが惜しまれる。


・最後に

最後に改めて指示書の感想を書いてみます。

まずこの指示書は作曲たり得るかどうか。

私はこの指示書レベルの内容なら作曲者を名乗っていいと思います。
メロディだけの作曲を作曲と言うならこの指示書も作曲でいいよ。

法的な話をすれば作曲として認められるのはメロディだけであって、
コード進行やこの指示書のような楽式?の作曲は作曲と認められない。

しかしまあ実際作曲をやっている人の視線で考えるとするなら、
コード進行の作成作業は間違いなく作曲の範疇に入るでしょう。

それと同様にこの指示書の作成もおそらく作曲の範疇に入る。

と言うことで私は佐村河内守さんは作曲家と呼んでいいと思います。
(この指示書も偽物だったらもうどうしようもなくなりますけどw)

そしてこの指示書をもらって、しかしその指示にあまり従わずに
自分の好きなようにオーケストラ曲を作ってしまったと言うなら、
私個人としてはむしろその編曲家の方が悪者に見えてしまうかな。

あくまで音楽的な側面からだけであの事件を考えると私はそう見えます。


では、この指示書は作曲として良い出来だったのか。

と言うと、指示書の内容は残念ながら凡作としか言えないw

まず一番残念な点は混沌部が他の部に比べて非常に空気なこと。
混沌部は他の部より量が少なく、音量?も常に低めになってます。

そもそも混沌部以外は全て宗教的アレグロ的なものになるわけで、
混沌部が目立たないと普通の宗教的アレグロ曲で終わってしまう。

そして残念な点2点目は最初が必ず受難MAXから始まること。

曲の最後が必ず啓示MAXになるのはクラシックなら分からなくもない。
最後はやはり調性をしっかりさせて大々的に終わらせたいんでしょう。

ただ最初を常に受難、しかも楽曲中一番の音量とするのは
楽式としてあまり面白くないし作曲する側としても困ります。

全楽章イントロが似通ってしまって困るんだよw

そして最後に、そもそも楽式として面白みがありません。
どれもこれも昔からよくあるパターンではないでしょうか。

混沌部は目立たないし最後は全部啓示で機能調性に戻るし
楽式は昔からのパターンだとどこが現代音楽だか分からない。

この指示書は現代音楽の作曲にはなっていないと私は感じます。
雑音を取り入れた普通のクラシックと何も変わらない気がする。


と言うことで私の結論としては以上。

佐村河内守さんは作曲家だけど現代音楽の作曲家ではない。
posted by sakha at 20:36| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする